前回は、中風の人の罪の赦しと病の癒しを見て来た訳ですが、本日の箇所では“取税人レビの召命と宴会への招き”というテ-マで見て行きたいと思います。
27節で、主イエスは中風の人を癒された後、「出て行き、収税所に座っているレビという取税人に目を留め」られ、とあります。
ここに登場する「レビ」とは、「福音記者マタイ」のことです。ですから、これはマタイの主イエスの弟子としての召命の記事である訳です。
「収税所」とは、税を取り立てる所ですが、この「収税所」は、主イエスがカペナウムを中心に宣教活動をされていたので、カペナウムにある収税所でしょう。
そして、同じ箇所を福音記者マルコは「イエスは湖のほとりに出ていかれた。すると群衆がみな、みもとにやって来たので、彼らに教えられた。イエスは道を通りながら、アルパヨの子レビ(マタイ)が収税所に座っているのをご覧になって、(マルコ2:13~14)」と記していますので、この湖はガリラヤ湖であったと思われます。
さて、背景を見て行きますと、このガリラヤ地方というのは、ローマ皇帝から領主に任ぜられたエドム人ヘロデ・アンテパスの配下にありました。彼は、選民ユダヤ人には嫌われていましたが、カペナウムはローマ軍の駐留地(マタイ 8:5~8)であって、ローマ帝国の属領であったため、ローマ皇帝の後ろ盾によって、ユダヤ人は彼に逆らうことができない状態でした。
そして、当時、カペナウムは交通の要所であって、ヘロデの領土を通過する為の通行税や、物品、商品に対する通関税を徴収していたようです。
こういった収税所で働く取税人マタイに主イエスが目を留められて、『わたしについて来なさい。(27)』と命じられた訳です。
そして先ほどの福音記者マルコのこの箇所の「イエスは湖のほとりに出ていかれた。すると群衆がみな、みもとにやって来たので、彼らに教えられた。(マルコ2:13)」との記載から、このマタイの召命は、群衆の見ているところで行われたことも分かります。
ですから、本人はもちろんのこと、それを見ていた群衆も驚いたことでしょう。
何故なら、当時の取税人というのは、選民ユダヤ人の忌み嫌う異邦人支配者(ローマ皇帝、ヘロデ大王の第四の妻の息子ヘロデ・アンテパス王)の権力を笠に着て、しかも、正当な税以上の金額を取り立てて、私腹を肥やしていたので、同胞からは売国奴とみなされ、罪人として忌み嫌われていたからです。
しかしこれはロ-マ人が、皆が嫌がる仕事を自分達ではなく、ユダヤ人にさせて、巧妙に非難の矛先を自分達にではなく、同胞のユダヤ人に向けるようにしていた事もあったのです。
また、この後の19章にもザアカイという取税人の頭の記事が出て来ますが、そこにも詳しく取税人の仕事の実態が描かれていますが、確かに人々から不当にお金を騙し取るようなこともあったようです。そういう事情があって、当時の取税人というのは、ユダヤ人にとっては罪人と同義語でした。
それらを踏まえて、この時の取税人マタイについて見て行きましょう。
この時マタイは主イエスに目を留められ、「わたしについて来なさい。」と言われました。突然にです。あまりに唐突にです。でもこの後マタイはすべてを捨てて、主イエスに従った訳ですから、彼に一体何が起こったのでしょう。もし、自分だったら、、、この時この場に居合わせたなら、、、と考えてしまいます。イエスの眼差しに見つめられたら、どうなるだろう、、、と想像しますが、今はこのマタイの状況について見てみましょう。
まず、主イエスに出会う前のマタイの状態としては、おそらく先にも述べた“取税人としての自分”を十分過ぎるくらいに理解していたと思われます。
人々から蔑まれ、同胞ユダヤ人からの批判の目にも辟易して、自らも自分のしている事に誇りなど持てずにいたのではないかと思います。
そのような取税人マタイは、おそらく主イエスの行われていたこと(病人の癒し、悪霊の追放等)を聞いていたでしょう。
また、主イエスがカペナウムで多くの人々に神の国を宣べ伝えておられたときも、おそらく彼は群衆に交じって主イエスのお話を聞いていたと思います。
ですから、おそらく「罪を赦す権威」をお持ちであると宣言された主イエスに、彼は希望を持ち始めていたかも知れません。「もしかしたら、自分の罪も赦されるのだろうか?」と。
しかし、その自分の問いに対しても、また否定的な思いが生じます。「馬鹿なことを考えるな。自分が今まで何をしてきたか忘れたのか。俺はもう救い様の無い罪人だ。主イエスの前に出たらよけいに自分が惨めになるだけだ。」と思って。
なにせ、彼はユダヤ人同胞の蔑みの目からも、また、自分自身においても、「罪人」であることを深く自覚させられていたことと思います。
ですから彼は、群衆に囲まれながら収税所の近くを通られる主イエスを見ても、その場所から離れて主イエスの許に行こうとはしませんでした。
ところがその主イエスの方からマタイに近づいて下さったのです。彼は一瞬自分の目を疑いました。しかし、間違いではありません。今、彼の目の前に、主イエスがおられるのです。
彼は、主イエスの温かい眼差しを見ました。しかも、その主イエスが彼にやさしく命じられたのです。「わたしについて来なさい。(27)」と。
「わたしについて来なさい。」というのは、「わたしの弟子になりなさい<わたしの仲間に入ってわたしに従って来なさい>。(詳訳聖書)」という意味です。すなわち、主のものとなるということです。
そして、主イエスの弟子としての招きを聞いた「レビ(マタイ)は、すべてを捨てて立ち上がり、イエスに従った(28)」のです。
どうしてマタイは、こんなに簡単について行く事が出来たのでしょう。
マタイがすぐに主イエスに従ったことは決して不思議なことではありません。ザアカイと同じように大喜びで従ったのです。
彼の罪人としての認識が深ければ深いほど、主イエスに受け入れられた<赦された>喜びが、その罪の認識に正比例して大きかったに違いありません。
そして、「そこでマタイは、自分の家で主イエスのために盛大なもてなしをした(29)」とあります。彼は、喜んで、主イエスを食事に招きました。主イエスも快くその食卓に着かれました。この食事の交わりがどんなにマタイにとって喜びだったでしょう。
御言葉に「見よ。わたしは、戸の外に立ってたたいている。だれでも、わたしの声を聞いて戸を開けるなら、わたしは、その人のところに入って、彼とともに食事をし、彼もわたしとともに食事をする。(黙示3:20)」があります。この素晴らしい御言葉を、マタイはこの食事の交わりで経験しているのです。
そして、主イエスに「わたしについて来なさい。」と命じられて従った、最初の出来事が「主イエスとの会食」です。
主イエスの御声を聞いて、心の戸を開けることと、主イエスについて行く、従うということは同じことです。主イエスと共にいる、ということが、主イエスについて行くことであり、従うことなのです。主イエスとの交わりが、主イエスの弟子となることなのです。
主イエスは「わたしはぶどうの木で、あなたがたは枝です。人がわたしにとどまり、わたしもその人の中にとどまっているなら、そういう人は多くの実を結びます。わたしを離れては、あなたがたは何もすることができないからです。(ヨハネ15:5)」と言っておられます。
さて、しかし、その喜びの宴会に水を注す者達がいました。その様子を見ていたパリサイ人や律法学者達です。しかも、彼らは主イエスに直接言わずに、弟子達に言って、間接的に主イエスを非難しているのです。「なぜあなたがたは、取税人たちや罪人たちと一緒に食べたり飲んだりするのですか。(30)」と言って。
マタイの宴会の来客は、何故、取税人や罪人達だったのでしょう。
それは彼らがユダヤ人社会に疎外されていた者達であり、彼らが交際できたのは、同じ仲間、取税人や罪人達に限られていたからです。
そして、おそらく、主イエスに従う決意を持った彼にとっては、この宴会は、仲間に対する送別会、お別れパーティのようなものであったのかもしれません。ここに彼の過去との決別、悔い改めを見ることができます。そして、自分と同じように、主イエスを知って欲しい、信じて欲しいと願ってのことではなかったかと思います。
しかし、律法を守る事に熱心なパリサイ人達には、罪人(と規定された)人達と食事をするなどということは、あるまじき行為、汚れたことだったのです。
その彼らに対して、主イエスは言われました。「医者を必要とするのは、健康な人ではなく病人です。わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招いて悔い改めさせるためです。(31~32)」と。
彼らは、確かに正しい行為を行っていたのかもしれません。が、最も大切な「愛」が欠けていたのです。「愛がないなら、無に等しい(Ⅰコリント13:2)」のです。
そして、丈夫な者、正しい人とは、自分が病んでいるのに気づかず、医者<救い主>を無視する者であり、自分を義とする傲慢な者、すなわちこの時のパリサイ人達のことです。
また、病人、罪人とは、痛み<罪の自覚>を感じ、医者<救い主>の助けを求める者であり、実は神に義と認められる者です。
そして、主イエスのこの「救いの皮肉」、「律法主義者の常識(正しいことを行うことによって救われる)の逆転」は、実は聖書の中心なのです。
「義人はいない。一人もいない。(ローマ3:10)」のです。「神の恵みにより、キリスト・イエスによる贖いを通して、価なしに義と認められるからです。(ローマ3:24)」私たちもこの、マタイのように、自分で自分の罪をどうすることもできずに失望していた者であったのに、主イエスの方から近づいて来て下さり、主イエスから、「わたしについて来なさい。」と召されている者です。この恵みを、心新たに感謝しましょう
さて、次に、この〈主イエスの宴会〉への招きについて見て行きましょう。私はよく、「教会とは、どんなところですか、教会にはどんな人が集まるのですか、きっと立派な、正しい人が集まるのでしょうね。」と聞かれることがあります。それで私はいつも、聞かれたその人にこう答えています。「教会には、悪い人達が集まるのです。」と。すると必ず、その人に「えっ?」という表情が見られます。
ですからすぐに、こう付け加えます。「もし教会に、自分は正しいと思っている人が集まると大変なことになります。何故なら、その人達は、自分が正しい、自分こそ正しい、と主張し、争いの絶えないところになるからです。しかし、悪い人というのは、自分が悪い人<罪人>だと自覚している人のことです。悪い人達が集まると、互いに、私が悪いのです。いいえ、私こそ悪いのです。と互いに謙遜になり、争いになりません。もし争いになりそうなことがあったとしても、自分こそ悪い者だと思っている人の集まりですから、互いに赦し合うことができ、とても平和なところになるからです。」と。
もし教会に争いが絶えないとしたら、どうして人々が教会に魅力を感じるでしょうか。どうして人々がそこに救い主イエス・キリストを見る事が出来るでしょうか。
しかし、互いに、自分こそ悪い者だと自認し、互いに赦し合う集まりである教会に多くの人々が魅力を感じ、そこに主イエスがおられるのを見る事が出来るのではないでしょうか。
また、こうも答えます。「教会は、宴会が開かれる場所です。」と。このことにも、多くの人達が「えっ?」という表情をします。ですから、私はすぐに、こう付け加えます。
「実は、聖書には、天の御国のことを、よく宴会にたとえて説明しているのです。とても楽しいところとして」と。
ですから、最後にもう一度、マタイの宴会の様子を見てみましょう。
マタイの宴会の主賓は誰でしょう。もちろん、主イエス・キリストです。
では主イエスの他に招かれた人達は、どの様な人たちでしょうか。マタイと同じように、取税人や罪人達です。当時の立派な宗教家達、パリサイ人、律法学者達に、「あんな奴ら」と軽蔑され、ユダヤ人社会から疎外されていた人達です。否、彼ら自身、それを自他共に認めていた人達です。
今は召されて、天の御国にいる私の父はよく、「俺みたいな者は、教会<神様>にはふさわしくない。」と言っていました。確かに父の現実はその様でした。しかし私は、父に「そう自覚しているお父さんのような人の為に、主イエスは来て下さったんだよ。お父さんのような人が神様<教会>に相応しいのだよ。」と言いました。
そしてその後、父はお酒を飲み過ぎて脳梗塞で倒れ、左半身が麻痺し、車椅子の生活になり、最後にはほとんどベッドで寝ている事が多くなりました。その90歳の時の父は、私の「息子の信じているイエス様を信じるか?」の一言に、頷いて、信じました。しかし、その信仰は、キリスト教教理を質問しても答えられないような、幼い信仰です。
でも私は、父が、主イエスを中心にした、楽しい宴会に招かれている、と信じています。
パリサイ人、律法学者達のように、確かに律法<聖書>に通じていないだけではなく、守ってもいなかった罪人達が、赦されて、主イエスを囲んで、飲んだり歌ったりしている様子を思い浮かべるのです。
自他共に罪人であることを認めるだけで、〈自分を正しいと思っている人にはこれが実に難しい!)主賓の主イエスと共にある栄誉ある宴席に招待されているのです。
その喜びの宴席にこそ、教会の本来の姿、礼拝の姿があるのです。
ダビデは、自分の罪を告白し、神を仰ぎ見、礼拝をささげています。「神へのいけにえは、砕かれた霊。打たれ、砕かれた心。神よ、あなたはそれをさげすまれません。(詩51:17)」と言っています。
そして、それはただ一回すれば良いのではない事を私は改めて知りました。
というのは、私達は先週、年に一度の夏休みを頂きました。何処に出かけるという事はしませんでしたが、一日一日を楽しく過ごしていました。けれども家内の元気が次第になくなって行くのです。そしてとうとう最終日の夜中に家内が泣きながら「祈って欲しい」と心を打ち明けてくれました。
詳細は避けますが、私達は話し、祈り、そして休みました。翌朝彼女はいつも通りの笑顔で「喜びが戻った。私はまた主の宴席に戻れた、嬉しい」と言いました。
朝早くトイレの中で、大泣きして何やら悔い改めていたそうです。このように私達は救われてからも、何度も何度も砕かれる必要があるようです。でも、主イエスの宴席に戻される喜びは何にも代えがたいものです。
私達もまた、パリサイ人達のようにではなく、マタイの友人達のように、主イエスと共に、宴席に招待された者です。その恵みを決して忘れず、今日も感謝を献げようではありませんか。
